| 03月 | PA! PA! |
| 31日 |
カテゴリー : Category 3 child care
投稿者 : デシベル
こんにちは、デシベルです。
早いものでもう2008年も4月ですね!
早いといえば、我が家の娘ももう1歳5ヶ月で
片言ですが言葉を喋りだしました。
今回は、そんなデシベル家の娘の話をしたいと思います。
ようやく、「モノ」を見てその「モノ」の名前を彼女なりに発音するようなりました。
「パパ」が最近覚えた言葉です。
父親としたらものすごく嬉しい筈なのですが、
しかーし・・その使い方が・・間違っています
何を見ても「パパ」なのです。
特に形が丸いものはほぼ全て「パパ」
これは参ります・・
ここで一例を紹介します。

アンパンマンも「パパ」

ドラゴンボールも「パパ」

コンタックくんも「パパ」

ドラエモンも「パパ」

トーマスも「パパ」

アニマル浜口も「パパ」
まーある意味「パパ」ですけど・・・

これが本当の「パパ」ですけど 笑
以上デシベルでした。
早いものでもう2008年も4月ですね!
早いといえば、我が家の娘ももう1歳5ヶ月で
片言ですが言葉を喋りだしました。
今回は、そんなデシベル家の娘の話をしたいと思います。
ようやく、「モノ」を見てその「モノ」の名前を彼女なりに発音するようなりました。
「パパ」が最近覚えた言葉です。
父親としたらものすごく嬉しい筈なのですが、
しかーし・・その使い方が・・間違っています
何を見ても「パパ」なのです。
特に形が丸いものはほぼ全て「パパ」
これは参ります・・
ここで一例を紹介します。

アンパンマンも「パパ」

ドラゴンボールも「パパ」

コンタックくんも「パパ」

ドラエモンも「パパ」

トーマスも「パパ」

アニマル浜口も「パパ」
まーある意味「パパ」ですけど・・・

これが本当の「パパ」ですけど 笑
以上デシベルでした。
| 03月 | 名作とは |
| 27日 |
カテゴリー : Category 7 small talk
投稿者 : サンボ
先日、横浜市内で桜が咲いているのを見ました。
気づけばもう春ですね。
サンボです。
花粉症でお悩みの方、うっかりマスクをしたままクシャミすると、その後とっても切なくなるので注意しましょう。はい、気をつけます。
さて、物事の捉え方というのは様々で、特に映画や絵画などの芸術作品に関しては、その人の感性によって大きく評価が違ってきます。
しかし、そうは言っても評価が高い作品、低い作品というのも確かに存在します。
所謂「名作」と呼ばれるような評価が高い作品のその多くは万人ウケする作品、もしくはその業界のお偉い様が押している作品です。
この情報が氾濫する今、そういう作品は何もしなくても耳に入ってくるであろうし、触れる事も出来てしまいますよね?
だがしかしBUTだからこそ!
評価が低いとされている作品の中にも、自分の中での「名作」はきっとあるはず!
その「名作」を探し出した時の感動はきっと何者にも代え難いものになるはず!
と思い、レンタルショップなどに行く時、私は色々見て探してみる事にしております。
今回はそんな私が最近観た2本の映画を紹介したいと思います。
まずは・・・
「大日本人」

リアリティ ★★☆☆☆
お薦め ★★★☆☆
衝撃 ★★★★★
面白 ★★★☆☆
ストーリー ★★☆☆☆
バカ ★★★★☆
睡魔 ★★★★☆
シュール ★★★★★
総合 ★★★★☆
6代目大日本人こと大佐藤。
国民に非難されながらも、防衛庁からの依頼を受け、平和な世の中を守る為、日夜「獣」と戦っている。
収入は防衛庁からの報酬と身体に入れた広告の宣伝費。
そんな誰もが一度は憧れたヒーローの日常とは・・・
万人ウケは間違いなくしないだろうが、どこか非凡なセンスを感じさせる。
かの有名なカンヌ国際映画祭の 監督週間で公式上映されたのは有名な話。
人から非難されようと、世のため人のため、と自分と向き合い精一杯戦う姿にはうっすら感動や同調意識を覚える人もいるかもしれない。
主人公、大佐藤の変身シーンは悪感・・もとい圧巻の一言。
ラストでの、現在の日本とアメリカに向けた皮肉とも言えるメッセージを貴方は読みとれるか!?
個人的には好きの部類に入る映画。
しかもDVDは3枚組で特典映像も満載。
そんな天才、松本人志が監督・主演を演じる壮大なドキュメタリー(風)。
続いては・・・
「コアラ課長」
リアリティ ★☆☆☆☆
お薦め ★★★☆☆
衝撃 ★★★★★
面白 ★★★☆☆
ストーリー ★☆☆☆☆
バカ ★★★★☆
睡魔 ★★★☆☆
シュール ★★★★☆
総合 ★★★☆☆
田村圭一ことコアラ課長。
決め台詞は「どこ観とんねんコァラー」
仕事も恋愛もバリバリこなす出来る男。
そんなコアラ課長の日常に衝撃が!!
ある日恋人のようこが惨殺される。疑いをかけられたコアラ課長は・・・
コアラ課長の動揺、葛藤等、心理的要素も重要な場面を担っており、なかなか考えさせられる。
というか考えて観ないと意味がわからない。
「謎が謎を呼ぶ」あの男を超えられるのか。
想像力、解読力、推理力が鍛えられる教材的映画。
ストーリーがもう少ししっかりしてれば!!の惜しい作品。
しかし冒頭のコアラ課長の登場シーンは必見。
また、うさぎ社長の厳しい目線にメロメロにならないよう、注意して観たいところだ。
「コアラ」+「課長」という、こちらもある意味壮大な物語。
という事でこの春必見のこの2本、「大日本人」「コアラ課長」一部で好評レンタル中です。
ワーン
ツー
サンボ!
気づけばもう春ですね。
サンボです。
花粉症でお悩みの方、うっかりマスクをしたままクシャミすると、その後とっても切なくなるので注意しましょう。はい、気をつけます。
さて、物事の捉え方というのは様々で、特に映画や絵画などの芸術作品に関しては、その人の感性によって大きく評価が違ってきます。
しかし、そうは言っても評価が高い作品、低い作品というのも確かに存在します。
所謂「名作」と呼ばれるような評価が高い作品のその多くは万人ウケする作品、もしくはその業界のお偉い様が押している作品です。
この情報が氾濫する今、そういう作品は何もしなくても耳に入ってくるであろうし、触れる事も出来てしまいますよね?
だがしかしBUTだからこそ!
評価が低いとされている作品の中にも、自分の中での「名作」はきっとあるはず!
その「名作」を探し出した時の感動はきっと何者にも代え難いものになるはず!
と思い、レンタルショップなどに行く時、私は色々見て探してみる事にしております。
今回はそんな私が最近観た2本の映画を紹介したいと思います。
まずは・・・
「大日本人」

リアリティ ★★☆☆☆
お薦め ★★★☆☆
衝撃 ★★★★★
面白 ★★★☆☆
ストーリー ★★☆☆☆
バカ ★★★★☆
睡魔 ★★★★☆
シュール ★★★★★
総合 ★★★★☆
6代目大日本人こと大佐藤。
国民に非難されながらも、防衛庁からの依頼を受け、平和な世の中を守る為、日夜「獣」と戦っている。
収入は防衛庁からの報酬と身体に入れた広告の宣伝費。
そんな誰もが一度は憧れたヒーローの日常とは・・・
万人ウケは間違いなくしないだろうが、どこか非凡なセンスを感じさせる。
かの有名なカンヌ国際映画祭の 監督週間で公式上映されたのは有名な話。
人から非難されようと、世のため人のため、と自分と向き合い精一杯戦う姿にはうっすら感動や同調意識を覚える人もいるかもしれない。
主人公、大佐藤の変身シーンは悪感・・もとい圧巻の一言。
ラストでの、現在の日本とアメリカに向けた皮肉とも言えるメッセージを貴方は読みとれるか!?
個人的には好きの部類に入る映画。
しかもDVDは3枚組で特典映像も満載。
そんな天才、松本人志が監督・主演を演じる壮大なドキュメタリー(風)。
続いては・・・
「コアラ課長」

お薦め ★★★☆☆
衝撃 ★★★★★
面白 ★★★☆☆
ストーリー ★☆☆☆☆
バカ ★★★★☆
睡魔 ★★★☆☆
シュール ★★★★☆
総合 ★★★☆☆
田村圭一ことコアラ課長。
決め台詞は「どこ観とんねんコァラー」
仕事も恋愛もバリバリこなす出来る男。
そんなコアラ課長の日常に衝撃が!!
ある日恋人のようこが惨殺される。疑いをかけられたコアラ課長は・・・
コアラ課長の動揺、葛藤等、心理的要素も重要な場面を担っており、なかなか考えさせられる。
というか考えて観ないと意味がわからない。
「謎が謎を呼ぶ」あの男を超えられるのか。
想像力、解読力、推理力が鍛えられる教材的映画。
ストーリーがもう少ししっかりしてれば!!の惜しい作品。
しかし冒頭のコアラ課長の登場シーンは必見。
また、うさぎ社長の厳しい目線にメロメロにならないよう、注意して観たいところだ。
「コアラ」+「課長」という、こちらもある意味壮大な物語。
という事でこの春必見のこの2本、「大日本人」「コアラ課長」一部で好評レンタル中です。
ワーン
ツー
サンボ!
| 03月 | 本の紹介 |
| 24日 |
カテゴリー : Category 7 small talk
投稿者 : レッサー2号
突然ですが、皆さんの勤めている会社の社歴は何年くらいですか。
長くても50〜60年以内という会社がほとんどではないでしょうか。
会社の平均寿命は27〜28年だそうです。
では、世界最古の会社とは創業何年くらいだと思いますか。
200年? 300年? 500年?
いえいえそんなものではありません。
なんと1400年!
では、そんな会社が存在するのは世界の中でどの国だと思いますか?
ヨーロッパの国?中国?意外なところでアメリカ?
ヨーロッパ最古は、イタリアの金細工の会社で社歴640年。
中国は、歴史の長い国という認識があり、社歴の長い会社がありそうですが
意外に短く、古い会社で300年そこそこ。
お隣、韓国にいたっては古くても80年という結果になっています。
アメリカは、戦争による被害が本土に無く、100年以上の社歴を持つ会社は多いのですが、
極端に古い会社は無いようです。
その他に考えられる歴史の長い国は・・・・・?
そうです、日本です!
先日、読売新聞の中に『千年働いてきました』という本の紹介記事を見つけました。
そのタイトルに「千年働く?」「どういう意味?」などと考えながらも記事を読み、おもしろそうなので購入することに。この本は、その後テレビでも取り上げられていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ここに紹介をさせていただきます。
1400年前の日本は飛鳥時代。
歴史上の人物では聖徳太子(実在しないという説も)が活躍していた時代です。社歴ということで考えると気の遠くなるような時間を経て今尚存在する会社があるということです。
それは、大阪にある『金剛組』という会社です。神社、仏閣の建築会社で、現存する世界最古の会社だそうです。ちなみに現社長は40代目に当たります。
大阪の四天王寺を建てたのが初仕事ということですから、当時の技術力の高さがうかがえます。
その他にも日本には1000年を超える社歴をもつ会社がいくつも存在します。
先述したヨーロッパ最古の640年の社歴を誇る金細工メーカーより古い会社は、
日本には何と100社近くあるそうです。
そこまで古くなくても数百年の社歴の会社はたくさんあり、身近なところでいうと
デパートの多くは、その前身が呉服商であり、やはり数百年の社歴を有しています。
もう少し短い?社歴100年越えの会社は、15000社以上という調査が東京商工リサーチでされています。このように社歴の長い会社が多い国は世界的に見ても日本がずば抜けており、特別な状況であるとのことです。
もうひとつの大きな特徴が、アジアの中で社歴の長い会社は、商業を生業としている会社が多いのに対して、日本の場合は工業(もの造り)を生業としている会社が多いという点です。日本人には昔から職人を尊ぶ気質があり、古くからその時代の権力者も職人(技術者)を庇護してきた歴史があります。
国によっては物造りに関わる職業を蔑む歴史があったということを考えると、職人(技術者)を尊ぶ日本は、技術が発展しやすい土壌であったといえるのではないでしょうか。
この本のプロローグは、携帯電話の部品に日本の老舗企業の技術が使われていることから始まります。後半はいろいろな老舗企業の技術の応用例があり、「あの商品もそんな老舗企業の技術だったのか!」などと感心させられます。
従来の“老舗もの”のように何百年続いている和菓子屋とか、15代続いている老舗旅館といった内容の本とは一線を画しています。老舗製企業の技術、もの造りに対する考え方がどのように活かされ現代に対応しているのか、そして継続していく会社の条件は何かを探ることを主題としています。会社は、設立10年で半分以下になるという統計があり、大企業倒産のニュースも珍しくはありません。創業数十年の若い?会社でさえ、その時々のニーズの変化に対応できなければ倒産していきます。
老舗企業のいろいろな創意工夫は、生き残ることができる会社のノンフィクションの歴史そのものであるだけに興味深く読むことができます。
また著者は、「老舗企業が日本に集中していることは、日本文化という大きなテーマへのひとつの答えをも示唆してくれるはずだ」と主張しています。
MADE IN JAPANが高性能で信頼性が高いと世界から評価されるのも、職人(技術者)を尊敬し、職人は丹精込めて物を造るという文化が永年続いた結果ではないでしょうか。そういう意味では、単に“会社もの”の本というだけでなく、日本文化という切り口で読んでも面白い本だと思われます。
是非ご一読を。

タイトル 『千年働いてきました』
著 者 野村 進
出 版 社 角川書店
価 格 705円(税別)
長くても50〜60年以内という会社がほとんどではないでしょうか。
会社の平均寿命は27〜28年だそうです。
では、世界最古の会社とは創業何年くらいだと思いますか。
200年? 300年? 500年?
いえいえそんなものではありません。
なんと1400年!
では、そんな会社が存在するのは世界の中でどの国だと思いますか?
ヨーロッパの国?中国?意外なところでアメリカ?
ヨーロッパ最古は、イタリアの金細工の会社で社歴640年。
中国は、歴史の長い国という認識があり、社歴の長い会社がありそうですが
意外に短く、古い会社で300年そこそこ。
お隣、韓国にいたっては古くても80年という結果になっています。
アメリカは、戦争による被害が本土に無く、100年以上の社歴を持つ会社は多いのですが、
極端に古い会社は無いようです。
その他に考えられる歴史の長い国は・・・・・?
そうです、日本です!
先日、読売新聞の中に『千年働いてきました』という本の紹介記事を見つけました。
そのタイトルに「千年働く?」「どういう意味?」などと考えながらも記事を読み、おもしろそうなので購入することに。この本は、その後テレビでも取り上げられていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ここに紹介をさせていただきます。
1400年前の日本は飛鳥時代。
歴史上の人物では聖徳太子(実在しないという説も)が活躍していた時代です。社歴ということで考えると気の遠くなるような時間を経て今尚存在する会社があるということです。
それは、大阪にある『金剛組』という会社です。神社、仏閣の建築会社で、現存する世界最古の会社だそうです。ちなみに現社長は40代目に当たります。
大阪の四天王寺を建てたのが初仕事ということですから、当時の技術力の高さがうかがえます。
その他にも日本には1000年を超える社歴をもつ会社がいくつも存在します。
先述したヨーロッパ最古の640年の社歴を誇る金細工メーカーより古い会社は、
日本には何と100社近くあるそうです。
そこまで古くなくても数百年の社歴の会社はたくさんあり、身近なところでいうと
デパートの多くは、その前身が呉服商であり、やはり数百年の社歴を有しています。
もう少し短い?社歴100年越えの会社は、15000社以上という調査が東京商工リサーチでされています。このように社歴の長い会社が多い国は世界的に見ても日本がずば抜けており、特別な状況であるとのことです。
もうひとつの大きな特徴が、アジアの中で社歴の長い会社は、商業を生業としている会社が多いのに対して、日本の場合は工業(もの造り)を生業としている会社が多いという点です。日本人には昔から職人を尊ぶ気質があり、古くからその時代の権力者も職人(技術者)を庇護してきた歴史があります。
国によっては物造りに関わる職業を蔑む歴史があったということを考えると、職人(技術者)を尊ぶ日本は、技術が発展しやすい土壌であったといえるのではないでしょうか。
この本のプロローグは、携帯電話の部品に日本の老舗企業の技術が使われていることから始まります。後半はいろいろな老舗企業の技術の応用例があり、「あの商品もそんな老舗企業の技術だったのか!」などと感心させられます。
従来の“老舗もの”のように何百年続いている和菓子屋とか、15代続いている老舗旅館といった内容の本とは一線を画しています。老舗製企業の技術、もの造りに対する考え方がどのように活かされ現代に対応しているのか、そして継続していく会社の条件は何かを探ることを主題としています。会社は、設立10年で半分以下になるという統計があり、大企業倒産のニュースも珍しくはありません。創業数十年の若い?会社でさえ、その時々のニーズの変化に対応できなければ倒産していきます。
老舗企業のいろいろな創意工夫は、生き残ることができる会社のノンフィクションの歴史そのものであるだけに興味深く読むことができます。
また著者は、「老舗企業が日本に集中していることは、日本文化という大きなテーマへのひとつの答えをも示唆してくれるはずだ」と主張しています。
MADE IN JAPANが高性能で信頼性が高いと世界から評価されるのも、職人(技術者)を尊敬し、職人は丹精込めて物を造るという文化が永年続いた結果ではないでしょうか。そういう意味では、単に“会社もの”の本というだけでなく、日本文化という切り口で読んでも面白い本だと思われます。
是非ご一読を。

タイトル 『千年働いてきました』
著 者 野村 進
出 版 社 角川書店
価 格 705円(税別)
| 03月 | 【冬の体験part1】 |
| 20日 |
カテゴリー : Category 4 sport
投稿者 : エキゾフ
TVドラマ「海猿」の次は「雪猿」という事で今年の冬は久し振りに
スキー場を舞台にした映画が公開されていました。
その名も「銀色のシーズン」です。
ここでエキゾフの世代としては、当然フツフツとあの頃の冬の“騒ぎ”が蘇ってきました。
あの頃とは、
そうですバブル絶頂期の1987年11月に公開された
映画「私をスキーに連れてって」と
その後の“スキーブーム”です(なんとなくこの言葉恥ずかしいです)。
当時エキゾフも毎週のようにスキー場へ行っておりました。
自分の記憶の中で憶えていることといえば・・・
東京の御茶ノ水・神田はスキー用具の専門店が何十件も軒を連ね、
7階建てのビルも1棟丸ごとスキー専門店のような状況。
女性は白いワンピースのウェアが大流行。
当時はテレビ東京の土曜夜十二時過ぎの番組
「スキーNOW」を欠かさずビデオにおさめ、この番組でテンションを高めいざ出発。
今思えば年間の滑走日数が20日だの30日だの今では信じられません。
車には「Naeba」や「APPI」のステッカーを貼り、友人とのスキー場への道中は
お互いの車とトランシーバーでワイワイとやり取りし(携帯電話なんてありません!)
雪道のタイヤもチェーンではなくスタッドレスタイヤと言うものが出現し、
4WDの車が流行り、車の屋根には皆スキーキャリアを取り付け、
2mもの長さのスキーを積んでいました(長いスキーほど達人と思われていたのです!)。
都内から長野・山梨・群馬・福島・新潟等へ向かう中央自動車道・関越道は
毎週末金曜日の夜中の下り線と日曜日の午後の上り線は大渋滞。
それ以前に関越道の練馬インターへ向かう都内の目白通りからすでに大渋滞。
やっとの思いでたどり着いたスキー場も、駐車場は満車。
今思えば真夜中から大変なお祭り騒ぎです。
ちなみに長野自動車道とか上信越道は未だなく、
長野県の志賀高原方面に行くには群馬県の藤岡インターが関越自動車道分岐点の終点となり
国道18号線に入り、そこから峠の釜めしで有名な横川や碓氷峠を超え、
軽井沢を通過し、ただひたすら国道を走って行きました。
当時は確か毎年9月1日の10時にはスキー場の宿の予約が始まり、
シーズンの初滑りは11月末の山形県月山スキー場、
シーズンの終わりはゴールデンウィークの長野県志賀高原スキー場まで滑っていました。
またスキー場の新規オープンも相次ぎ、既存のスキー場ではゲレンデの拡張、
既存リフト・ゴンドラの架け替えが行なわれ輸送力のアップ。
どこもこぞって“早朝営業”を始め(朝の五時から営業)、
人気スキー場では週末リフトやゴンドラの待ち時間が30分〜2時間待ちなんてことも珍しくありませんでした。
渋滞の中スキー場まで6時間も7時間も掛けて到着し、着いた先で今度はリフト待ち(涙)
そしてこの「私をスキーに連れてって」の映画公開の6年後には
「千葉県の船橋市」にとうとう究極のスキー場が出現!
日本初の大型屋内スキー場「ららぽーとスキードームザウス」がオープン。
これで夏でも仕事帰りのサラリーマンでもスキーが出来た。もう夏でもスキー!
外は炎天下、30度近いのにエキゾフも何度か行きました。すごい時代でありました。
そしてあれから20数年。。。
前置き長くなりました。
前置きと言いますか、当事の事を書き出したら止まらなくなってしまいました。
こんな時代から“雪山かぶれ”だったエキゾフですが、
その後は違う雪山人生を歩みます・・・ではまた(^^
スキー場を舞台にした映画が公開されていました。
その名も「銀色のシーズン」です。
ここでエキゾフの世代としては、当然フツフツとあの頃の冬の“騒ぎ”が蘇ってきました。
あの頃とは、
そうですバブル絶頂期の1987年11月に公開された
映画「私をスキーに連れてって」と
その後の“スキーブーム”です(なんとなくこの言葉恥ずかしいです)。
当時エキゾフも毎週のようにスキー場へ行っておりました。
自分の記憶の中で憶えていることといえば・・・
東京の御茶ノ水・神田はスキー用具の専門店が何十件も軒を連ね、
7階建てのビルも1棟丸ごとスキー専門店のような状況。
女性は白いワンピースのウェアが大流行。
当時はテレビ東京の土曜夜十二時過ぎの番組
「スキーNOW」を欠かさずビデオにおさめ、この番組でテンションを高めいざ出発。
今思えば年間の滑走日数が20日だの30日だの今では信じられません。
車には「Naeba」や「APPI」のステッカーを貼り、友人とのスキー場への道中は
お互いの車とトランシーバーでワイワイとやり取りし(携帯電話なんてありません!)
雪道のタイヤもチェーンではなくスタッドレスタイヤと言うものが出現し、
4WDの車が流行り、車の屋根には皆スキーキャリアを取り付け、
2mもの長さのスキーを積んでいました(長いスキーほど達人と思われていたのです!)。
都内から長野・山梨・群馬・福島・新潟等へ向かう中央自動車道・関越道は
毎週末金曜日の夜中の下り線と日曜日の午後の上り線は大渋滞。
それ以前に関越道の練馬インターへ向かう都内の目白通りからすでに大渋滞。
やっとの思いでたどり着いたスキー場も、駐車場は満車。
今思えば真夜中から大変なお祭り騒ぎです。
ちなみに長野自動車道とか上信越道は未だなく、
長野県の志賀高原方面に行くには群馬県の藤岡インターが関越自動車道分岐点の終点となり
国道18号線に入り、そこから峠の釜めしで有名な横川や碓氷峠を超え、
軽井沢を通過し、ただひたすら国道を走って行きました。
当時は確か毎年9月1日の10時にはスキー場の宿の予約が始まり、
シーズンの初滑りは11月末の山形県月山スキー場、
シーズンの終わりはゴールデンウィークの長野県志賀高原スキー場まで滑っていました。
またスキー場の新規オープンも相次ぎ、既存のスキー場ではゲレンデの拡張、
既存リフト・ゴンドラの架け替えが行なわれ輸送力のアップ。
どこもこぞって“早朝営業”を始め(朝の五時から営業)、
人気スキー場では週末リフトやゴンドラの待ち時間が30分〜2時間待ちなんてことも珍しくありませんでした。
渋滞の中スキー場まで6時間も7時間も掛けて到着し、着いた先で今度はリフト待ち(涙)
そしてこの「私をスキーに連れてって」の映画公開の6年後には
「千葉県の船橋市」にとうとう究極のスキー場が出現!
日本初の大型屋内スキー場「ららぽーとスキードームザウス」がオープン。
これで夏でも仕事帰りのサラリーマンでもスキーが出来た。もう夏でもスキー!
外は炎天下、30度近いのにエキゾフも何度か行きました。すごい時代でありました。
そしてあれから20数年。。。
前置き長くなりました。
前置きと言いますか、当事の事を書き出したら止まらなくなってしまいました。
こんな時代から“雪山かぶれ”だったエキゾフですが、
その後は違う雪山人生を歩みます・・・ではまた(^^
| 03月 | 勝手気ままな体験記 Vol.1 “言葉がない・・” |
| 17日 |
カテゴリー : Category 6 event
投稿者 : SYOUちゃん
つ、つ、ついに!!!
人生初体験・・コンサートに行ってきました!!
それも、先日来日した“セリーヌ・ディオン”
その歌声は艶やかで伸びがあり、声量は群を抜く・・まさに歌姫と賞賛される理由の数々。
東京ドームで行われたコンサート。観客はなんと5万人。
16:00会場で18:00開演。
2時間もあるの??と首を傾げていたけれど、その実態が明らかに。
当日、駅を降りたら、人・人・人・・人の波。
冬の日本海に負けず劣らずの荒波に揉まれながら、
ようやくチケットを見せて、突き進むことしばし。
「あ!!ここ、よく野球が終わった後に、監督がインタビューされるところだ・・」と、
まったく趣旨とは関係ないことに感銘を受けて、いよいよドーム球場の中に。
これまたびっくり、その人の多さに。
横も上もそのまた上も、人しかいない。
一体全体、どこからわいてきたのか。(ま、自分もその一人ですけど。)
どこかの人口より間違いなく多い・・と勝手な想像をしながら、ようやく着席。
駅から椅子まで辿り着くのに、所要時間はなんと1時間。
席は前から3列目。中央には四方から見える特設ステージ。
ステージ正面というわけではないけれど、ちゃんと顔がわかるくらい。
ちょうど通路の側で思ったよりいい席♪と、まずは一安心。
でも。
近くの人が終始「セリーヌぅ、セリーヌぅ」と、手を伸ばして、ただひたすら叫んでいた光景が
驚きというか、衝撃というか、静かにしてほしいと思ったというか・・
そんな感情もある意味、初体験。
彼女の歌で一番好きなのは「To Love You More」
この歌、振り向いてはもらえないけれど、一人の人をずっと信じ、想い続けて待つ・・という、
かなり切ない歌詞。彼女の歌声とメロディーと、その歌詞・・は語学の壁でイマイチ“?”なところもありますが、それでもとてもいい曲です。
大ヒットしたからご存知の方も多いでしょうけど、ぜひ、聞いてみて下さい。
いよいよ、コンサートもアンコールを迎えることに。
あの名曲を聞かずには終われない・・という観客の気持ちそのものに、
曲名は「My Heart Will Go On」 タイタニックのテーマ。
その歌声に5万人が聞き惚れ、しびれました。
全27曲を歌い上げた歌姫。
感動・・・言葉を失うとはまさにこういう事なのかもしれない。
知らずと涙がこぼれる・・そんな不思議な感じ。
(誰です!?「鬼の目に涙」とか言っている人は!!!怒)
正直言うと、今までコンサートに行かなかったのは、「聞きに行きたい人」がいなかったのと、
豆粒みたいに小さく見るより、テレビとかDVDとかCDで聞けば・・程度に思っていたからで。
その間違いにようやく気づきましたよ!!
ぜ〜んぜん違う!当然といえば当然なのですけどね。
臨場感あふれる音楽!それをわからなかったのですよねぇ。
通路側にいたことで、最後にはセリーヌ・ディオンと1m側まで接近できて、かなり興奮。
もちろん、そんな状況に近くの席の「セリーヌぅ」と叫び続けた人も、周りのすべての観客も
そのボルテージは最高潮!!!
歓喜の渦に巻かれて、2時間におよぶコンサートは無事終了。
歌声を聞けたことで、気持ちがとても温かく、そのパワーをもらって何だか元気になった気がします。普段、経験しないことをすることは、何か新しい発見や充実した気持ちになりますね。
もっと英語がわかったら、曲の合間のフリートークも楽しめたのに・・と思い、
次は「英会話でもやるかな。」と、長続きしなそうな、そしてすぐに考えたことさえも抹殺されそうな決意を胸に秘めて、興奮冷めやらぬまま、東京ドームをあとに、帰路につきました。
「食べてばっかりいないで!」という、若干のクレームとそれ以上の皆様の熱い期待と声援(勝手な妄想)にお応えして、今回はちょっと違ったブログを書きました。
でも・・何と言っても“勝手気まま”ですから・・Vol.2があるかどうかは神のみぞ知る・・
あ、でも。
コンサートが終わって、久々に「つばめグリル」に食事に行きました。
ハンバーグがおいしいことで定評があります。
ここでは“ハンバーグ”を『ハンブルグステーキ』と呼びます。
もともとハンバーグは正式名称をハンバーグステーキ又はハンブルグステーキと言い、
ドイツ:ハンブルグ地方の料理だったのです♪
で、その「ハンブルグステーキ」
ふっくら焼き上げたハンバーグに、ビーフシチューをかける。
何とも贅沢な一品で、ホイルに包まれて、テーブルへ運ばれます。
その包みを開けると・・中から何ともいえない良い香り。その香りでますます食欲がそそられます。
ぜひお試しあれ。
やっぱり、何はなくとも“おいしいもの”は欠かせません。
また何か新しい発見をしたら、勝手気ままに紹介します。
どうぞお楽しみに。
人生初体験・・コンサートに行ってきました!!
それも、先日来日した“セリーヌ・ディオン”
その歌声は艶やかで伸びがあり、声量は群を抜く・・まさに歌姫と賞賛される理由の数々。
東京ドームで行われたコンサート。観客はなんと5万人。
16:00会場で18:00開演。
2時間もあるの??と首を傾げていたけれど、その実態が明らかに。
当日、駅を降りたら、人・人・人・・人の波。
冬の日本海に負けず劣らずの荒波に揉まれながら、
ようやくチケットを見せて、突き進むことしばし。
「あ!!ここ、よく野球が終わった後に、監督がインタビューされるところだ・・」と、
まったく趣旨とは関係ないことに感銘を受けて、いよいよドーム球場の中に。
これまたびっくり、その人の多さに。
横も上もそのまた上も、人しかいない。
一体全体、どこからわいてきたのか。(ま、自分もその一人ですけど。)
どこかの人口より間違いなく多い・・と勝手な想像をしながら、ようやく着席。
駅から椅子まで辿り着くのに、所要時間はなんと1時間。
席は前から3列目。中央には四方から見える特設ステージ。
ステージ正面というわけではないけれど、ちゃんと顔がわかるくらい。
ちょうど通路の側で思ったよりいい席♪と、まずは一安心。
でも。
近くの人が終始「セリーヌぅ、セリーヌぅ」と、手を伸ばして、ただひたすら叫んでいた光景が
驚きというか、衝撃というか、静かにしてほしいと思ったというか・・
そんな感情もある意味、初体験。
彼女の歌で一番好きなのは「To Love You More」
この歌、振り向いてはもらえないけれど、一人の人をずっと信じ、想い続けて待つ・・という、
かなり切ない歌詞。彼女の歌声とメロディーと、その歌詞・・は語学の壁でイマイチ“?”なところもありますが、それでもとてもいい曲です。
大ヒットしたからご存知の方も多いでしょうけど、ぜひ、聞いてみて下さい。
いよいよ、コンサートもアンコールを迎えることに。
あの名曲を聞かずには終われない・・という観客の気持ちそのものに、
曲名は「My Heart Will Go On」 タイタニックのテーマ。
その歌声に5万人が聞き惚れ、しびれました。
全27曲を歌い上げた歌姫。
感動・・・言葉を失うとはまさにこういう事なのかもしれない。
知らずと涙がこぼれる・・そんな不思議な感じ。
(誰です!?「鬼の目に涙」とか言っている人は!!!怒)
正直言うと、今までコンサートに行かなかったのは、「聞きに行きたい人」がいなかったのと、
豆粒みたいに小さく見るより、テレビとかDVDとかCDで聞けば・・程度に思っていたからで。
その間違いにようやく気づきましたよ!!
ぜ〜んぜん違う!当然といえば当然なのですけどね。
臨場感あふれる音楽!それをわからなかったのですよねぇ。
通路側にいたことで、最後にはセリーヌ・ディオンと1m側まで接近できて、かなり興奮。
もちろん、そんな状況に近くの席の「セリーヌぅ」と叫び続けた人も、周りのすべての観客も
そのボルテージは最高潮!!!
歓喜の渦に巻かれて、2時間におよぶコンサートは無事終了。
歌声を聞けたことで、気持ちがとても温かく、そのパワーをもらって何だか元気になった気がします。普段、経験しないことをすることは、何か新しい発見や充実した気持ちになりますね。
もっと英語がわかったら、曲の合間のフリートークも楽しめたのに・・と思い、
次は「英会話でもやるかな。」と、長続きしなそうな、そしてすぐに考えたことさえも抹殺されそうな決意を胸に秘めて、興奮冷めやらぬまま、東京ドームをあとに、帰路につきました。
「食べてばっかりいないで!」という、若干のクレームとそれ以上の皆様の熱い期待と声援(勝手な妄想)にお応えして、今回はちょっと違ったブログを書きました。
でも・・何と言っても“勝手気まま”ですから・・Vol.2があるかどうかは神のみぞ知る・・
あ、でも。
コンサートが終わって、久々に「つばめグリル」に食事に行きました。
ハンバーグがおいしいことで定評があります。
ここでは“ハンバーグ”を『ハンブルグステーキ』と呼びます。
もともとハンバーグは正式名称をハンバーグステーキ又はハンブルグステーキと言い、
ドイツ:ハンブルグ地方の料理だったのです♪
で、その「ハンブルグステーキ」
ふっくら焼き上げたハンバーグに、ビーフシチューをかける。
何とも贅沢な一品で、ホイルに包まれて、テーブルへ運ばれます。
その包みを開けると・・中から何ともいえない良い香り。その香りでますます食欲がそそられます。
ぜひお試しあれ。
やっぱり、何はなくとも“おいしいもの”は欠かせません。
また何か新しい発見をしたら、勝手気ままに紹介します。
どうぞお楽しみに。
| 03月 | 冬満喫 |
| 13日 |
カテゴリー : Category 4 sport
投稿者 : はなめがね
最近だいぶ暖かくなり、過ごしやすくなってきま・・・「ハックション」した・・・「ハックション!」が、
寒さとの戦いが一段落するやいなや、花粉との戦いが開・・・・戦した“はな・・・・・めがね”です
「ブェックション!!あぁ」
冬の終わりと聞くと、寒かった冬をどこか懐かしく、名残惜しく感じてしまう今日この頃、
あえての冬の話題。それは、スノーボード!
冬場の海は試練だらけのため、「お肉もいいけど野菜もね」的に雪山へGOGO♪
ただ、海と違って雪山は何かとお金のかかる遊びのため、如何に節約して安く楽しむかが、
ひとつの勝負所となります。
“はなめがね”の場合は、「道具は人から譲り受ける」の精神で、スキー板・ブーツに始まり
ウエア・ゴーグルなど等、あらゆる道具を可能な限り譲り受け、今まで雪山に挑んできました。
中でも現役の最年長は、スノーボードの板・ビンディング・ブーツの3点セット。
気付けばもう14年。。改めて、まわりのスノーボーダーの身に着けている道具と見比べても、
その性能の差は歴然。。。
遂に、ここが限界かと決心し、新規購入しました!ニューブーツ♪

外側の紐のみで足をしっかりホールド!(キツク締めようと頑張ると指が切れます)
防水性が低く即座に浸透!保温性も低く爪先を常に低温に保ちます。
そして何と言ってもブーツ自体が柔らかいため、滑走時ボードに力を伝えにくく、
昼食時の歩行性バツグン!
って、ではなくて、これ↓

古いブーツと並べてみると、同じ目的を持ったブーツとは到底思えない代物・・

良く14年間もこのブーツでやれたものだと、自分でも感心しますわ。
このNEWブーツをひっさげ、先日雪山へ行ってきました。
今までの感覚とはかなり違ったため、滑り始めこそ戸惑ったものの、
爪先は寒くないし、滑走時ボードに力が伝わる伝わる!
スノーボードメーカー14年の歳月の進歩に感謝感激。


ブーツを変えただけでこんなにもスノーボードが面白くなるとは思いもよらず、
天候にも恵まれ、滑りまくりまくり、昼過ぎの2〜3本目を終えた頃でしょうか、
リフトに乗り込もうとビンディングを外したその時、いつもと違う感覚が・・アレ?と良く見ると、

ビンディング壊れましたー!!!
本日、終〜〜〜了〜〜〜〜〜・・・
他の皆より一足先に下山し、フテ酒に勤しむ“はなめがね”でした。
寒さとの戦いが一段落するやいなや、花粉との戦いが開・・・・戦した“はな・・・・・めがね”です
「ブェックション!!あぁ」
冬の終わりと聞くと、寒かった冬をどこか懐かしく、名残惜しく感じてしまう今日この頃、
あえての冬の話題。それは、スノーボード!
冬場の海は試練だらけのため、「お肉もいいけど野菜もね」的に雪山へGOGO♪
ただ、海と違って雪山は何かとお金のかかる遊びのため、如何に節約して安く楽しむかが、
ひとつの勝負所となります。
“はなめがね”の場合は、「道具は人から譲り受ける」の精神で、スキー板・ブーツに始まり
ウエア・ゴーグルなど等、あらゆる道具を可能な限り譲り受け、今まで雪山に挑んできました。
中でも現役の最年長は、スノーボードの板・ビンディング・ブーツの3点セット。
気付けばもう14年。。改めて、まわりのスノーボーダーの身に着けている道具と見比べても、
その性能の差は歴然。。。
遂に、ここが限界かと決心し、新規購入しました!ニューブーツ♪

外側の紐のみで足をしっかりホールド!(キツク締めようと頑張ると指が切れます)
防水性が低く即座に浸透!保温性も低く爪先を常に低温に保ちます。
そして何と言ってもブーツ自体が柔らかいため、滑走時ボードに力を伝えにくく、
昼食時の歩行性バツグン!
って、ではなくて、これ↓

古いブーツと並べてみると、同じ目的を持ったブーツとは到底思えない代物・・

良く14年間もこのブーツでやれたものだと、自分でも感心しますわ。
このNEWブーツをひっさげ、先日雪山へ行ってきました。
今までの感覚とはかなり違ったため、滑り始めこそ戸惑ったものの、
爪先は寒くないし、滑走時ボードに力が伝わる伝わる!
スノーボードメーカー14年の歳月の進歩に感謝感激。


ブーツを変えただけでこんなにもスノーボードが面白くなるとは思いもよらず、
天候にも恵まれ、滑りまくりまくり、昼過ぎの2〜3本目を終えた頃でしょうか、
リフトに乗り込もうとビンディングを外したその時、いつもと違う感覚が・・アレ?と良く見ると、

ビンディング壊れましたー!!!
本日、終〜〜〜了〜〜〜〜〜・・・
他の皆より一足先に下山し、フテ酒に勤しむ“はなめがね”でした。
| 03月 | 遥か時を越えて |
| 10日 |
カテゴリー : Category 7 small talk
投稿者 : クレール
ある日、気の向くままにネットサーフィンをしていたらあるHPに辿り着きました。
HPのトップには“ご先祖様調査いたします。あなたの家の家系図をつくりませんか?今、家系図作成は静かなブームとなっています。“とあります。
「へぇ〜、家系図?ブームなの?作れるの?そんなこと知らなかった。
世が世なら私も姫君だったりして。
家系図って聞くと、“由緒正しい旧家・名家だけに先祖代々伝わっている物”というイメージがあるけど・・・。」
面白そうなので、読んでみることに。
それは、ある行政書士のHPでした。
さてその先祖の調査方法とは
●戸籍謄本・除籍謄本取得により判明する範囲内。
●依頼人の出生時までの戸籍謄本を取得し、父母の従前の本籍地を調べ、それを元に父母の出生時までの戸籍謄本・除籍謄本を取得する。
●そして父母の父母(依頼人からみると祖父母⇒曾祖父母⇒高祖父母)というふうにこの作業を繰り返し、依頼人の直系の先祖を調査していくという。
日本の戸籍制度は明治時代に出来ています。
最初の戸籍は“明治5年式戸籍=壬申戸籍(じんしんこせき)”と呼ばれていて、この戸籍には職業や犯罪歴・江戸時代の身分まで記載されており、人権問題に抵触する恐れのある不適切な記載があることから、昭和43年に封印されたのだそうです。
現在は各地の法務局に厳重に封印保管されており、直系の人間でも閲覧不可能となっています。現在取得できる最古のものは、“明治19年式戸籍”と呼ばれるものです。
そもそも、今、何故家系図なのでしょう?
戸籍謄本はその中に記載されていた人達が転籍・結婚・死亡などで全員いなくなると除籍謄本と呼ばれるものになります。その除籍謄本の役所での保存期間は“80年”と定められているそうです。
そして今、明治・大正時代の保存期間の過ぎた除籍謄本が日本各地の役所で順次処分・廃棄されているというのです!!
一度廃棄されてしまうと調査は困難になってしまいます。というかそれでジ・エンドです。
お役所にとって、個人の戸籍謄本などは、日々増え続ける膨大な書類の1つに過ぎないかもしれませんが個人にとっては、先祖を知る上で重要な資料です。
また人によっては、「先祖を知った所で今の自分の立場・環境が良い方向に変わるわけでもないし」という考えの人もいるかもしれません。
ですが私は、単純に“是非知りたい”と思いました。
調査しても先祖の“人となり”までがわかるわけではないけれど、その時代、時代を生き抜いてきた先祖達の名前だけでも知りたい。
そして“処分”“廃棄”という単語にも妙に反応してしまいました。
「もしかしたら明日にでも役所で廃棄されてしまうかもしれない。」
更に、私を追い立てるかのように行政書士の文章が続きます。
“今なら江戸時代末期出生のご先祖まで判明するかもしれないし、もうすでに明治中期出生のご先祖までかもしれません。もしかしたら調査は来年でも間に合うかもしれません。ですが一日でも早ければ早いほど江戸末期出生のご先祖まで判明する可能性は高くなります。“
今日がバーゲン最終日!! この商品に今ならこれとあれをつけてジャスト1万円!!などという宣伝文句には年を重ねるごとに動じなくなっていた私なのに、その時は正直、慌てました。
早速調査を申し込むことに。
依頼人の希望で調査は父方・母方どちらかの「一系統家系図」と全ての直系を調査する「全系統家系図」を選択することができますが、それだけ費用もかかります。どうせならとここは思い切って「全系統家系図」を依頼することにしました。
申込後、3〜4週間毎に調査の経過報告のメールがくるのを楽しみに待ちつつ、そして調査中に廃棄されないようにと祈りつつ・・・。
約3ヵ月後・・・。
待ちに待った家系図が届きました!!
梱包を丁寧に解きます。「○○○家 家系図」と表紙に書かれていて、何か重みを感じさせてくれます。その表紙を開くと和紙に毛書体で書かれた先祖の名前が目に飛び込んできます。 父母の兄弟姉妹の名前は当然馴染みがありますが、もっと上の世代に目を移していくと父母でも知らないのでは?と思われる名前が記載されています。
時代を感じさせる○兵衛や○○兵エ門、そして父方の男性の名前には代々“忠”の一文字が必ず使用されています。
直系先祖の名前の脇には出生日と死亡した日が記載されていて、出生時の元号を見ると安政・嘉永・弘化・天保・文化などと書かれています。
大半の人がそうだと思いますが、明治以前の日本の元号は今ひとつピンと来ません。
行政書士も心得たもので元号一覧と西暦の対照表を添付してくれています。
自分でも幕末年表というものを探し出し、歴史上の主な出来事を確認しながら先祖が生きてきた時代をおぼろげながら想像し、先祖に思いを馳せてみます。
結果、父方は文化9年生まれの先祖とその父親の名前が判明し、母方は文政6年生まれの先祖とその父親の名前が判明しました。(合計68名)
世代で言うと私からみて6世代前(約200年前)まで遡れたことになります。
行政書士によると、日本は震災や空襲によって戸籍簿そのものが消失しているケースもあり、ここまで遡れたのは非常にラッキーな部類に入るとのこと。
初めて目にする我が一族の家系図。埋もれかけていた先祖達の名前。
じっと眺めているだけでも感慨深く、思わず深いため息が出てきます。
太古から途切れる事なく生命は延々と繋がり、有り難いことに今、“私”という存在が有ります。
“有り難い”という言葉は“有ることが難しい”と書きます。
私が関わるあらゆる方達、私を育ててくれた両親、そして時代、時代を必死に生き抜いてきた先祖に改めて深く感謝します。
byクレール
HPのトップには“ご先祖様調査いたします。あなたの家の家系図をつくりませんか?今、家系図作成は静かなブームとなっています。“とあります。
「へぇ〜、家系図?ブームなの?作れるの?そんなこと知らなかった。
世が世なら私も姫君だったりして。
家系図って聞くと、“由緒正しい旧家・名家だけに先祖代々伝わっている物”というイメージがあるけど・・・。」
面白そうなので、読んでみることに。
それは、ある行政書士のHPでした。
さてその先祖の調査方法とは
●戸籍謄本・除籍謄本取得により判明する範囲内。
●依頼人の出生時までの戸籍謄本を取得し、父母の従前の本籍地を調べ、それを元に父母の出生時までの戸籍謄本・除籍謄本を取得する。
●そして父母の父母(依頼人からみると祖父母⇒曾祖父母⇒高祖父母)というふうにこの作業を繰り返し、依頼人の直系の先祖を調査していくという。
日本の戸籍制度は明治時代に出来ています。
最初の戸籍は“明治5年式戸籍=壬申戸籍(じんしんこせき)”と呼ばれていて、この戸籍には職業や犯罪歴・江戸時代の身分まで記載されており、人権問題に抵触する恐れのある不適切な記載があることから、昭和43年に封印されたのだそうです。
現在は各地の法務局に厳重に封印保管されており、直系の人間でも閲覧不可能となっています。現在取得できる最古のものは、“明治19年式戸籍”と呼ばれるものです。
そもそも、今、何故家系図なのでしょう?
戸籍謄本はその中に記載されていた人達が転籍・結婚・死亡などで全員いなくなると除籍謄本と呼ばれるものになります。その除籍謄本の役所での保存期間は“80年”と定められているそうです。
そして今、明治・大正時代の保存期間の過ぎた除籍謄本が日本各地の役所で順次処分・廃棄されているというのです!!
一度廃棄されてしまうと調査は困難になってしまいます。というかそれでジ・エンドです。
お役所にとって、個人の戸籍謄本などは、日々増え続ける膨大な書類の1つに過ぎないかもしれませんが個人にとっては、先祖を知る上で重要な資料です。
また人によっては、「先祖を知った所で今の自分の立場・環境が良い方向に変わるわけでもないし」という考えの人もいるかもしれません。
ですが私は、単純に“是非知りたい”と思いました。
調査しても先祖の“人となり”までがわかるわけではないけれど、その時代、時代を生き抜いてきた先祖達の名前だけでも知りたい。
そして“処分”“廃棄”という単語にも妙に反応してしまいました。
「もしかしたら明日にでも役所で廃棄されてしまうかもしれない。」
更に、私を追い立てるかのように行政書士の文章が続きます。
“今なら江戸時代末期出生のご先祖まで判明するかもしれないし、もうすでに明治中期出生のご先祖までかもしれません。もしかしたら調査は来年でも間に合うかもしれません。ですが一日でも早ければ早いほど江戸末期出生のご先祖まで判明する可能性は高くなります。“
今日がバーゲン最終日!! この商品に今ならこれとあれをつけてジャスト1万円!!などという宣伝文句には年を重ねるごとに動じなくなっていた私なのに、その時は正直、慌てました。
早速調査を申し込むことに。
依頼人の希望で調査は父方・母方どちらかの「一系統家系図」と全ての直系を調査する「全系統家系図」を選択することができますが、それだけ費用もかかります。どうせならとここは思い切って「全系統家系図」を依頼することにしました。
申込後、3〜4週間毎に調査の経過報告のメールがくるのを楽しみに待ちつつ、そして調査中に廃棄されないようにと祈りつつ・・・。
約3ヵ月後・・・。
待ちに待った家系図が届きました!!
梱包を丁寧に解きます。「○○○家 家系図」と表紙に書かれていて、何か重みを感じさせてくれます。その表紙を開くと和紙に毛書体で書かれた先祖の名前が目に飛び込んできます。 父母の兄弟姉妹の名前は当然馴染みがありますが、もっと上の世代に目を移していくと父母でも知らないのでは?と思われる名前が記載されています。
時代を感じさせる○兵衛や○○兵エ門、そして父方の男性の名前には代々“忠”の一文字が必ず使用されています。
直系先祖の名前の脇には出生日と死亡した日が記載されていて、出生時の元号を見ると安政・嘉永・弘化・天保・文化などと書かれています。
大半の人がそうだと思いますが、明治以前の日本の元号は今ひとつピンと来ません。
行政書士も心得たもので元号一覧と西暦の対照表を添付してくれています。
自分でも幕末年表というものを探し出し、歴史上の主な出来事を確認しながら先祖が生きてきた時代をおぼろげながら想像し、先祖に思いを馳せてみます。
結果、父方は文化9年生まれの先祖とその父親の名前が判明し、母方は文政6年生まれの先祖とその父親の名前が判明しました。(合計68名)
世代で言うと私からみて6世代前(約200年前)まで遡れたことになります。
行政書士によると、日本は震災や空襲によって戸籍簿そのものが消失しているケースもあり、ここまで遡れたのは非常にラッキーな部類に入るとのこと。
初めて目にする我が一族の家系図。埋もれかけていた先祖達の名前。
じっと眺めているだけでも感慨深く、思わず深いため息が出てきます。
太古から途切れる事なく生命は延々と繋がり、有り難いことに今、“私”という存在が有ります。
“有り難い”という言葉は“有ることが難しい”と書きます。
私が関わるあらゆる方達、私を育ててくれた両親、そして時代、時代を必死に生き抜いてきた先祖に改めて深く感謝します。
byクレール
| 03月 | サプライズ授賞式 |
| 06日 |
カテゴリー : Category 6 event
投稿者 : ヤックル
このネットラウンジが開設されてから、お蔭様で早一年が過ぎ去ろうとしています。
ラウンジ開設三ヶ月後には、一日のアクセス件数が100件を上回る日が出てくるようになり、半年後には確実に平均で100件を超えるようになりました。そして現在では、一日平均150件近くのアクセスを頂いています。
今では話題に幅を持たせながらも、当初は「書ける気がしない」と言っていたはなめがね。ネタに苦しんでいたミント。記事よりも(?)、みんなのハンドルネーム名付け親頭として張り切っていたデシベル。意欲だけは見せていたサンボ。今や、誰もがこのラウンジを楽しんでいるかのように見受けられます。
しかし、文章を書くというのは予想以上に時間のかかる大変な作業。そんなみんなの努力に報いる為にと、この度2007年度ブログ大賞《サプライズ授賞式》が企画されました。
まずは、会社のホームページを製作して頂いたCubeNetさんに審査をお願いし、審査員の皆様にはそれぞれ5つずつ記事を選出して頂きました。あえて社内票は一切入れず、頂いた結果を厳密に集計。2007年度投稿分を対象に、1位から3位を決定しました。
企画立案からその日まで数ヶ月。コトは秘密裏に進められていきました。
時は一月。場所は社内の特設会場。新年会と称した集まりでの事。お腹も満たされ、程よく酔いもまわり、ミコシマン企画のルールの良くわからないゲームで盛り上がった後、いよいよブログ大賞の趣旨が発表され、《サプライズ授賞式》が始まりました。
まずは選出された作品及び投稿者の発表です。(審査員コメント抜粋)
エキゾフ『弁当箱』
なつかしさを感じるような身近なネタ。「もったいない」ということを次の世代へ伝えようとする気持ちが伝わってきます。
チガサキング『普通に・・』
特別なイベントごとでない日常生活の中からのネタに「そう、そう、そうやね〜ん」とうなずきながら読む事ができます。
ヘクトパスカル『世界一』
大迫力写真とその圧倒的な大きさにやられました。”常に意外な一面を振りまく事で周りを魅了して止まない”へクトパスカルの記事は、文章量が多くてもさらっと読めてしまいます。
マオタン『☆揚げワンタン☆』
この料理、すぐに作りました。びっくりするほど美味しくて、もう我が家の定番です。お役立ち情報ネタとして一票。
ひとつひとつに「おぉぉ!!」との歓声。
しかし、賞を受けられるのはたったの3名。先に発表されているのは、惜しくも受賞を逃しているという事でもあるのです。「ここまで発表された人に賞はありません」と釘をさされながらも、CubeNetさんからのコメントを受け、候補にあがっていた事を素直に喜ぶ面々。
そして、第3位の発表です・・・。
見事、昭和の香り漂うSYOUちゃんの、『〜勝手気ままな食紀行〜Vol.3 “日本の夏” 』が受賞しました! 写真の美しさに加えて、食に対する情熱、食べ物のことになると”断れない幼気(いたいけ)な性格(?)”が評価に繋がりました。
この受賞によって、SYOUちゃんの”食”と”飲”への追求に、更に拍車がかかることでしょう。
引き続き、第2位・・・。
愛犬ひなたへの愛の深さで知られるドク! 師弟Tシャツをお披露目した『健康?』と『愛犬と宿泊』が見事選ばれました。「動物ネタには癒される」「なんと言ってもあの師弟Tシャツにやられた」という評価を沢山頂戴しました。この受賞はドクにとってまさにサプライズだったのではないでしょうか。ドクのひなたへの愛が一層深まる事は、火を見るより明らかです。
残るは、第1位・・・。
栄えある2007年度ブログ大賞は、お見事ミコシマン! 『秋は安芸へ』『謎が謎を呼ぶ・・・』『TO YOU』『いい感じ』と数多くの記事がエントリーされ、堂々の第1位です。審査員のコメントとして「時折出てくる意味不明な一文が好き」「真面目なのか不真面目なのか、本気なのか冗談なのか、微妙なところで笑いのつぼをついてくる文体にやられました」「ミコシマンは謎の生命体?」などと嬉しい評価が目白押し。大賞に歓喜しながらも、決して正体を明らかにする事のないミコシマン。ブログ大賞の栄誉を受け、これからも更にその謎を深めていく事でしょう。
その後、審査員の方々から頂いた全ての貴重なコメントは全員で拝読し、喜びを分かち合いました。今回の審査にあたっては大変に悩まれ、又沢山の時間を費やして下さったことと思います。
気持ちよく審査を引き受けて下さったCubeNet審査員の方々に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。
そして、このラウンジを楽しみにして下さっている皆様へ。
一同、皆様方の存在を励みに、今後もこぞって
この場を自ら楽しみ盛り上げて参りたいと思います。
どうぞこれからも、気の向くままにお付き合い下さい。
感謝を込めて
written by ヤックル
ラウンジ開設三ヶ月後には、一日のアクセス件数が100件を上回る日が出てくるようになり、半年後には確実に平均で100件を超えるようになりました。そして現在では、一日平均150件近くのアクセスを頂いています。
今では話題に幅を持たせながらも、当初は「書ける気がしない」と言っていたはなめがね。ネタに苦しんでいたミント。記事よりも(?)、みんなのハンドルネーム名付け親頭として張り切っていたデシベル。意欲だけは見せていたサンボ。今や、誰もがこのラウンジを楽しんでいるかのように見受けられます。
しかし、文章を書くというのは予想以上に時間のかかる大変な作業。そんなみんなの努力に報いる為にと、この度2007年度ブログ大賞《サプライズ授賞式》が企画されました。
まずは、会社のホームページを製作して頂いたCubeNetさんに審査をお願いし、審査員の皆様にはそれぞれ5つずつ記事を選出して頂きました。あえて社内票は一切入れず、頂いた結果を厳密に集計。2007年度投稿分を対象に、1位から3位を決定しました。
企画立案からその日まで数ヶ月。コトは秘密裏に進められていきました。
時は一月。場所は社内の特設会場。新年会と称した集まりでの事。お腹も満たされ、程よく酔いもまわり、ミコシマン企画のルールの良くわからないゲームで盛り上がった後、いよいよブログ大賞の趣旨が発表され、《サプライズ授賞式》が始まりました。
まずは選出された作品及び投稿者の発表です。(審査員コメント抜粋)
エキゾフ『弁当箱』
なつかしさを感じるような身近なネタ。「もったいない」ということを次の世代へ伝えようとする気持ちが伝わってきます。
チガサキング『普通に・・』
特別なイベントごとでない日常生活の中からのネタに「そう、そう、そうやね〜ん」とうなずきながら読む事ができます。
ヘクトパスカル『世界一』
大迫力写真とその圧倒的な大きさにやられました。”常に意外な一面を振りまく事で周りを魅了して止まない”へクトパスカルの記事は、文章量が多くてもさらっと読めてしまいます。
マオタン『☆揚げワンタン☆』
この料理、すぐに作りました。びっくりするほど美味しくて、もう我が家の定番です。お役立ち情報ネタとして一票。
ひとつひとつに「おぉぉ!!」との歓声。
しかし、賞を受けられるのはたったの3名。先に発表されているのは、惜しくも受賞を逃しているという事でもあるのです。「ここまで発表された人に賞はありません」と釘をさされながらも、CubeNetさんからのコメントを受け、候補にあがっていた事を素直に喜ぶ面々。
そして、第3位の発表です・・・。
見事、昭和の香り漂うSYOUちゃんの、『〜勝手気ままな食紀行〜Vol.3 “日本の夏” 』が受賞しました! 写真の美しさに加えて、食に対する情熱、食べ物のことになると”断れない幼気(いたいけ)な性格(?)”が評価に繋がりました。
この受賞によって、SYOUちゃんの”食”と”飲”への追求に、更に拍車がかかることでしょう。
引き続き、第2位・・・。
愛犬ひなたへの愛の深さで知られるドク! 師弟Tシャツをお披露目した『健康?』と『愛犬と宿泊』が見事選ばれました。「動物ネタには癒される」「なんと言ってもあの師弟Tシャツにやられた」という評価を沢山頂戴しました。この受賞はドクにとってまさにサプライズだったのではないでしょうか。ドクのひなたへの愛が一層深まる事は、火を見るより明らかです。
残るは、第1位・・・。
栄えある2007年度ブログ大賞は、お見事ミコシマン! 『秋は安芸へ』『謎が謎を呼ぶ・・・』『TO YOU』『いい感じ』と数多くの記事がエントリーされ、堂々の第1位です。審査員のコメントとして「時折出てくる意味不明な一文が好き」「真面目なのか不真面目なのか、本気なのか冗談なのか、微妙なところで笑いのつぼをついてくる文体にやられました」「ミコシマンは謎の生命体?」などと嬉しい評価が目白押し。大賞に歓喜しながらも、決して正体を明らかにする事のないミコシマン。ブログ大賞の栄誉を受け、これからも更にその謎を深めていく事でしょう。
その後、審査員の方々から頂いた全ての貴重なコメントは全員で拝読し、喜びを分かち合いました。今回の審査にあたっては大変に悩まれ、又沢山の時間を費やして下さったことと思います。
気持ちよく審査を引き受けて下さったCubeNet審査員の方々に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。
そして、このラウンジを楽しみにして下さっている皆様へ。
一同、皆様方の存在を励みに、今後もこぞって
この場を自ら楽しみ盛り上げて参りたいと思います。
どうぞこれからも、気の向くままにお付き合い下さい。
感謝を込めて
written by ヤックル
| 03月 | 雛祭り |
| 03日 |
カテゴリー : Category 7 small talk
投稿者 : ドク
みなさんこんにちは。
寒さも一段落した今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
久しぶり(今年初?)の登場となります「ドク」です。
明けましておめでとうございます。っていうかもう3月ですね。
さて早速ですが、今回は、3月3日ということもありまして、「雛祭り」の由来(豆知識)について、お話していきたいと思います。
「雛祭り」とは女の子の健やかな健康・成長を願い、お祝いをする行事で、「桃の節句」とも言われております。
日本の雛祭りはいつ頃から始まったのかは、定かではありませんが、その起源はいくつか存在致します。
その中でも一番、有力とされている一つを紹介したいと思います。
古代中国では3月の最初の「巳」の日に水で体全身を清め、宴会を催し厄を祓うという祭り「上巳の節句」が存在していました。
これが、平安時代に日本へ伝わり、季節の変わり目に、体を清め、厄を祓う習慣となりました。
そして、古来から存在した人形に厄を移す風習と混ざりあったと言われています。
最初は、祈祷師を呼んで人形に祈りを奉げ、撫でる形で厄を移し、供物を備えて水に流すといった単なる「厄払い」といった行事でありました。
この行事が、毎年3月に行われる様になっていきました。
それが、室町時代になると、女の子の健やかな成長・けが・事故厄除けなどを水に流すという形で願いを込められたわらで作った人形を川に流す「流し雛」という風習に変わっていきました。
このわら人形が雛人形の原形になったと言われております。(現在でも3月3日の夕方になると「雛送り」といって、雛人形を川に流す行事が根強く残っている地域(鳥取県鳥取市用瀬町等)があるようです。)
また、この頃の上流階級では、小さな女の子の間で「ひいな遊び」といった、紙で作った人形と身の回りの物を似せて作ったおもちゃの家財道具を使用した「おまんまごと」が盛んに行われていました。現在でいう、「おままごと」です。
この「流し雛」と「ひいな遊び」が徐々に、庶民の間に定着をいたしました。
そして、時は流れ、戦国の世が落ち着き、江戸時代になると、宮中や大奥内では、豪華な人形を川や海には流さず祭壇に飾るようになり、現在の「雛祭り」となっていきました。
昨年、ぶらりと行った千葉県勝浦市の「かつうらビック雛祭り」は凄かったです。(⌒▽⌒;)
1万体の雛人形が神社の階段に埋め尽くされています。
3月3日までの開催ですので、今年はもう無理ですが、来年はみなさん是非行って見てください。
毎年、2月上旬〜3月3日まで開催予定となっています。

PS:因みに、我が娘の初節句(3年前)の時の写真となります。

我が家は、毎日毎日が「ひな祭り?」です。(^―^* )フフ♪
寒さも一段落した今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
久しぶり(今年初?)の登場となります「ドク」です。
明けましておめでとうございます。っていうかもう3月ですね。
さて早速ですが、今回は、3月3日ということもありまして、「雛祭り」の由来(豆知識)について、お話していきたいと思います。
「雛祭り」とは女の子の健やかな健康・成長を願い、お祝いをする行事で、「桃の節句」とも言われております。
日本の雛祭りはいつ頃から始まったのかは、定かではありませんが、その起源はいくつか存在致します。
その中でも一番、有力とされている一つを紹介したいと思います。
古代中国では3月の最初の「巳」の日に水で体全身を清め、宴会を催し厄を祓うという祭り「上巳の節句」が存在していました。
これが、平安時代に日本へ伝わり、季節の変わり目に、体を清め、厄を祓う習慣となりました。
そして、古来から存在した人形に厄を移す風習と混ざりあったと言われています。
最初は、祈祷師を呼んで人形に祈りを奉げ、撫でる形で厄を移し、供物を備えて水に流すといった単なる「厄払い」といった行事でありました。
この行事が、毎年3月に行われる様になっていきました。
それが、室町時代になると、女の子の健やかな成長・けが・事故厄除けなどを水に流すという形で願いを込められたわらで作った人形を川に流す「流し雛」という風習に変わっていきました。
このわら人形が雛人形の原形になったと言われております。(現在でも3月3日の夕方になると「雛送り」といって、雛人形を川に流す行事が根強く残っている地域(鳥取県鳥取市用瀬町等)があるようです。)
また、この頃の上流階級では、小さな女の子の間で「ひいな遊び」といった、紙で作った人形と身の回りの物を似せて作ったおもちゃの家財道具を使用した「おまんまごと」が盛んに行われていました。現在でいう、「おままごと」です。
この「流し雛」と「ひいな遊び」が徐々に、庶民の間に定着をいたしました。
そして、時は流れ、戦国の世が落ち着き、江戸時代になると、宮中や大奥内では、豪華な人形を川や海には流さず祭壇に飾るようになり、現在の「雛祭り」となっていきました。
昨年、ぶらりと行った千葉県勝浦市の「かつうらビック雛祭り」は凄かったです。(⌒▽⌒;)
1万体の雛人形が神社の階段に埋め尽くされています。
3月3日までの開催ですので、今年はもう無理ですが、来年はみなさん是非行って見てください。
毎年、2月上旬〜3月3日まで開催予定となっています。

PS:因みに、我が娘の初節句(3年前)の時の写真となります。

我が家は、毎日毎日が「ひな祭り?」です。(^―^* )フフ♪
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